■ タイのことわざ
■ 業務紹介
■ タイ語別館
■ 会社情報
■ 広告

HOME > タイ語別館  > タイのことわざについて > さかな

うなぎが嫌いなのにうなぎのスープを飲む

それ自体は嫌いなのに、それに付随するものは好むという意味です

ソムチャーイさんは近所の人が嫌いですが、その人の娘と恋をしています。これはうなぎが嫌いなのにうなぎのスープを飲むです。

うなぎは蛇に似ていますから、嫌な人も多いです。しかし、うなぎ自体が嫌いでも、うなぎのスープは飲めるという人もいます。「うなぎが嫌いなのにうなぎのスープを飲む」はそれ自体は嫌いなのに、それに付随するものは好きだという意味になります。 ▲PageTop

老いた鶏・母ドジョウ

年をとった経験豊かな女が男をまやかすことです

誰も、君のような老いた鶏・母ドジョウを自分の息子の結婚相手に選んでほしくないよ。若い女はいっぱいいるんだから。

ドジョウは人間の食べ物で、普段狂暴ではありません。しかし、卵があるドジョウは狂暴で、人を殺すこともできます。「老いた鶏・母ドジョウ」は経験豊かな女をドジョウに例えています。悪い意味で使われます。経験が豊かなので、さまざまな手を使い男をまやかす女のことです。

▲PageTop

池を掘り 魚を捕る

色々な手段を使って相手を信頼させて、相手から利益を得ようとすることです

彼は自分がお金持ちだと見せかけて、パーティーを開き、友達を招待した。そのパーティーで友達に彼のことを信頼させ、倒産寸前の彼の会社に投資してもらおうとしたのである。これを「池を掘り 魚を捕る」という。

「池を掘り 魚を捕る」は魚の釣り方に由来します。何もしないでも魚が泳いでわなにかかるという簡単な魚の釣り方があります。池を掘って、水を引き入れ、魚をおびき寄せるのです。釣り人は魚を簡単に捕獲することができます。この諺は騙される人を魚に例えています。

▲PageTop

プラーシウの心

臆病なこと

友達が彼をいくらはげましても、彼は縄の橋を向こうまで歩く勇気がありません。彼は友達に「プラーシウの心」だと笑われます。

プラーシウという魚は小さくて生命力の弱い魚です。水から出るとすぐ死んでしまいます。これは臆病な人の例えです。

▲PageTop

わなの前で魚を叩く

物事がうまく行っているのに、口や行動で物事の状態を悪くしてしまうことです。

売買の契約を結ぶところだったのに、君の「わなの前で音を出す」で、買う人が心変わりをして、契約を破棄された。

「サイ」は魚を取るわなの一つです。水の中に置いておき、魚が入ったところを引き上げます。「ティープラーナーサイ」の直接の意味は魚が逃げるまでわなの前で水面を打つと、魚がわなに入らない。つまり、人が利益を得るのをさまたげることです。

▲PageTop

水が上がると魚がアリを食べ
   水が下がるとアリが魚を食べる

自分の運がいい時に人に悪いことをしたら、自分の運が悪い時に人に同じ様なことをされるという意味です。

以前、彼は友達を馬鹿にしていました。今、その友達はお金持ちになり、彼は貧乏です。彼は今、友達に馬鹿にされています。これが「水が上がると魚がアリを食べ 水が下がるとアリが魚を食べる」です。

水が上がる時、水から逃げるありは魚のえさになります。水が下がる時、魚は死んで、ありが死んだ魚を食べます。「水が上がると魚がアリを食べ 水が下がるとアリが魚を食べる」は相手にひどいことをしたら、形勢が逆転した時に自分にも同じことをされるという意味です。

▲PageTop

熱いお湯の中で生きる魚

直接的に物事を言うことです。聞く人にとっては耳が痛いことだけれど、その人のためになることである、という意味です。

彼がどうしてそんなに率直に言ってきたのか私にはわかりません。でも、友達は、「熱いお湯の中で生きる魚、冷たい水の中で死ぬ魚」という言葉があるように、よく彼の言ったことを考えなければならない、と言いました。

「熱いお湯の中で生きる魚」は「冷たい水の中で死ぬ魚」と一緒によく使われます。魚はじっとしていません。涼しいところを好みます。魚を釣る人はその涼しいところに罠を作ります。しかし、賢い魚はちょっと温度が高いところにいたら、捕まることもなく、安全だと知っています。「熱いお湯の中で生きる魚」はストレートなものの言い方のことで、聞く人にとってはきつい言葉になるけれど、その人のためになるという意味です。「冷たい水の中で死ぬ魚」は逆に優しい、遠まわしな言い方で、聞く人にとって聞き易いけれど、それがその人にとって良いかどうかはわからないという意味です。遠まわしな言い方を真に受けて、悪い結果になってしまう可能性もあります。「熱いお湯の中で生きる魚」「冷たい水の中で死ぬ魚」は人から率直に言われても、怒らずに聞き入れ、優しい言葉は簡単に信じないようにと注意するものです。

▲PageTop

森林に虎を放つ 水に魚を放つ

一度手元にいた人を放したら、その人はもう戻ってこないという意味です。

あなたはやさしいのでその人を解放しました。その人は自分の仲間の所に戻るでしょう。もう一度彼を手元に戻すことは難しいでしょう。これが「森林に虎を放つ 水に魚を放つ」です。

普段、魚は水の中におり、虎は森林にいます。虎や魚を元の所に放したら、二度と放した人のところに戻ってきません。そのようなことから、「森林に虎を放つ 水に魚を放つ」という諺はできました。

▲PageTop

水を得た魚

体が震えるほどうれしい様子を表します。

ヌットさんはご主人が世界旅行に連れて行ってくれると分かると水を得た魚になりました。

「水を得た魚」は水を得た魚の様子からきています。水を得たプラークラディーは喜んで動き回ります。水を得たプラークラディーの様子が喜んでいる人の様子に似ていることから、この諺はできました。

▲PageTop

わなにかかった魚が一匹腐ったら
   他の魚も臭くなる

仲間の一人が悪いことをしたら、他の人も悪く見られてしまうという意味です

従業員の一人が工場の商品を盗んで、売ってしまいました。しかし、その人が誰か分かりません。同じ職場の従業員はみんな疑われてしまいました。これが「わなにかかったの魚が一匹腐ったら 他の魚も臭くなる」です。

このわなは「コーン」といいます。「コーン」は土でできたポットの形をしています。捕った魚はその中に入れます。一匹が腐ったら、コーンの中の他の魚も臭くなります。「わなにかかった魚が一匹腐ったら 他の魚も臭くなる」は仲間一人が悪いことをしたら、他の人も悪く見られてしまうという意味です。

▲PageTop

水に落ちた魚は大きい

失った物は、より多くの価値があるように見えるという意味です。

彼は無くした時計が何千バーツもすると言いました。しかし、私は信じません。「水に落ちた魚は大きい」です。

「水に落ちた魚は大きい」は魚が水に落ちたら、その魚が大きいかったか小さいかったか誰にもわからないという事から来ました。小さくても大きかったと言えます。この諺は失ったものを落ちた魚に例えています。 ▲PageTop

網にかかった魚

自分は何もしていないのに、悪いことに巻き込まれてしまうことです。

警察が麻薬をする人たちを捕まえた時、彼は偶然その辺にいたので、警察に捕まえられてしまった。「網にかかった魚」になった。

「網にかかった魚」は網で魚をとることから来ました。魚を捕る人は捕りたい魚のところに網を投げます。大体いつも網を引き上げる時、他の魚も一緒に網にかかっています。「網に魚がかかる」は運悪く、悪いことに巻き込まれてしまった人を網にかかった魚に例えています。 ▲PageTop

口が災いして死ぬ魚

口が災いして危険な目にあう人のことです

あの人は市場で権力のある人をののしったから、殺されました。これが「口が災いして死ぬ魚」だね

「口が災いして死ぬ魚」は、水の中にいるプラーモーという魚が、水の表面にププと泡を出す様子からきた諺です。魚をとる人は泡を見て、そこにプラーモーがいるのを知ります。悪口を言ったために、災難にあった人をプラーモーという魚にたとえています。

▲PageTop

大魚、小魚を食う

権力者、目上の人が目下の人をしいたげることです

現在の社会は競争が激しい。より多く権力のある人が権力のない人をしいたげる。「大魚、小魚を食う」ですよ。

「大魚、小魚を食う」は大きい魚が小さい魚を食べる様子から来ています。この諺は権力のある人を大きい魚に例え、権力のない人を小さい魚にたとえています。

▲PageTop

塩漬け魚の口

口が悪い人のこと

イエドばあさんは塩漬け魚の口だから、誰も彼女と話をしたくない。ばあさんの言う言葉に我慢できないから。

「プラーラー」は匂いの激しい、塩づけの魚です。ですから、「パークプラーラー」は口の匂いが臭いという意味です。この諺は、よく悪口を言う人のことです。

▲PageTop

猫にあてつけて、魚を焼く

自分には何の利益もないのに、あてつけた行動をとり、逆に自分が損をするという意味です

彼らはあなたが皮肉でやっているとは気が付いていないよ。逆に彼らはあなたが一壷のお酒を持ってくるのを歓迎しているみたいだ。「猫にあてつけて、魚を焼く」をしない方がいいよ。

猫は魚が大好きです。皮肉で猫に魚を何枚焼いてやっても、猫は飽きることなく魚を食べます。皮肉な行動をとった人の方がお金ばかりかかって損をしてしまいます。「犬を皮肉って、ご飯をたく 猫を皮肉って、魚を焼く」のようにこの諺は使われます。犬はご飯を食べるのが好きです。それを見て、皮肉って、たくさんご飯を炊いてあげます。猫が焼き魚が好きなのと同じように犬もおいしくそのご飯を食べます。何もならないのに、皮肉な行動をして逆に自分が損になるという意味です。

▲PageTop

蛇、魚が知る程度

何かについて少ししか分からない様子のことです

彼は英語を蛇、魚が知る程度しか知らないのに、外国人とうまく商売できる

「蛇、魚が知る程度」は知恵、知識が蛇や魚程度しかないという意味です。

▲PageTop

魚を両手で捕まえるな

一度に2つ期待しない方がいい。欲張ると、両方とも手に入らなくなるという意味

スニットさんは結婚相手としてプラチャーさんとエーカチャイさんのどちらを選ぶか迷っている。お母さんに「魚を両手で捕まえるな」と注意された。

「魚を両手で捕まえるな」はまだ生きている2匹の魚を一度につかまえようとするなという諺です。一度に2匹の魚をつかもうとすると、しっかり捕まえることができずに両方とも逃がしてしまう可能性が高くなります。この諺は欲張ったり、一度に2つのものを望んだりしないようにという諺です。

▲PageTop

小さいエビでバス(魚)を釣る

わずかな労力(あるいは物)によって、多くの利益を得ることです

ソムチャイさんは自分のビジネスを成功させるために内閣の職員に誕生日プレゼントを持って行った。小さいエビでバス(魚)を釣ろうとしたのです。

小さいエビはバスよりとても安いです。「小さいエビでバス(魚)を釣る」は安い物や小さい物を小さいエビに例え、高い物や大きい物をバスに例えています。意味はわずかな労力や資本金で大きな利益を得ることです。

▲PageTop

猫に焼き魚

信用すべきでないものを信用してしまうことです

彼は美人が好きで、浮気者です。彼のところで姪を同居させるなんて大丈夫ですか。猫に焼き魚ですよ。

「猫に焼き魚」は焼き魚が好きな猫の様子からきています。猫のところに焼き魚を置いたら、全部食べられてしまいます。人間も同じで、ある人のところにその人の好きなものを置いたら、自分のところに戻ってくる可能性は低くなります。「猫に焼き魚」は信用できないものを信用してしまうということです。

▲PageTop